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札幌地方裁判所 昭和36年(行)8号 判決

原告 沖野秀吉

被告 札幌法務局長

訴訟代理人 杉浦栄一 外三名

主文

被告が、昭和三六年三月二四日、別紙第一目録記載の不動産について原告を登記義務者とし訴外太洋市場株式会社沖野商店を登記権利者とした同三五年九月二日受付第九〇三三号所有権移転登記申請を却下した札幌法務局小樽支局登記官吏の処分に対する原告の異議申立につき、右異議申立を却下した決定はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、申立

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求めた。

被告指定代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求めた。

第二、当事者双方の事実上の主張

一、原告主張の請求原因

1  別紙第一目録記載の不動産は、札幌法務局小樽支局昭和二九年二月二五日受付第一二〇四号により原告の所有権保存登記がなされ、右保存登記は現存している。

2  原告は同三五年九月二日札幌法務局小樽支局に対し、右不動産について原告を登記義務者とし登記権利者である訴外太洋市場株式会社沖野商店とともに所有権移転登記の申請をし、同支局登記官吏は同日第九〇三二号をもつて受付けた。ところが同支局登記官吏は同月二〇日に「登記簿上所有権名義人の表示が小樽市稲穂町東七丁目二番地高橋定雄とあり登記義務者の表示が登記簿と符合しない」との理由で不動産登記法第四九条第六号の規定により決定をもつて原告の前記申請を却下した。

3  原告は同三六年一月二七日被告に対し、右の登記申請却下処分に対し異議の申立をしたところ、被告は同年三月二四日に「同一不動産につき形式上同一と認められる二個の保存登記があつて登記所有者を異にする場合、当該建物の登記における所有権の登記名義人がいずれであるかは確定できない。従つて、いずれか一方の登記簿上の登記名義人を登記義務者とする登記の申請があつても、当事者のいずれか一方の申請によりいずれかの登記が抹消されない限りいずれの登記名義人が真の所有者であるかか確定されないので、申請書記載の登記義務者が当該建物の登記名義人だとは断定できないので登記義務者の不符合と云うことになる」との理由を付して不動産登記法第四九条六号により却下する旨の決定をなした。

4  しかし、被告の右処分は不動産登記法第四九条六号の解釈適用を誤つた違法のものである。即ち、不動産登記法第四九条六号は物権変動の過程の連続性を登記簿上保障しようとするものであつて、登記義務者が実体上の権利者と符合すること、或いは登記しようとする物権変動の実体上の有効性についてまでを保障したものではない。従つて登記官吏において、登記申請の際の審査については登記申請書および登記簿のみを資料として形式的になすべきものである。本件の場合、原告を登記名義人とする保存登記のなされた建物には訴外高僑定雄を登記名義人とする保存登記もなされているが、それぞれ別個の登記用紙がもうけられているのであり、原告の2の登記申請が原告を所有権保存登記名義人とする登記用紙につき登記すべきことの申請であることは、(イ)申請書添付の登記済証記載の所有権保存登記申請の受付年月日および受付番号と原告を所有権保存の登記名義人とする登記用紙表示の所有権保存登記申請受付年月日および受付番号とが符合していること、(ロ)訴外高橋定雄を所有権保存の登記名義人とする登記用紙中表示欄記載の不動産の表示は別紙第二目録記載のとおりであるが、原告を登記名義人とする登記用紙中表示欄記載の不動産の表示は別紙第一目録記載のとおりであつて両者は著しく異つているところ、本件登記申請書記載の不動産の表示は原告を登記名義人とする登記用紙中表示欄記載の不動産表示と符合していること、から形式上明らかである。右によれば原告は原告を登記名義人とする登記用紙について所有権移転登記を申請するものであつて、訴外高橋定雄を登記名義人とする登記用紙について所有権移転登記申請をなしたものでないことは明らかであり、とすれば、登記申請書に登記義務者として原告を表示したのは原告を登記名義人とする登記簿と符合しているのであつて不動産登記法第四九条第六号に違背する点は存しない。従つて本件の場合に同一の建物に二個の保存登記がなされているかぎりいずれが実体法上の所有権者である登記名義人であるかを断定し得ないので結局本件登記申請の登記義務者たる原告が実体法上も真の所有権者たる登記名義人に符合するとは云えず、とすれば右申請は不動産登記法第四九条六号に該当するとする被告の決定は右法条の解釈を誤つた違法のものである。

5  よつて、被告の前記決定の取消を求める。

二、被告の請求原因事実に対する答弁

1  請求原因1、2、3の事実は認める。

2  請求原因4の事実中、原告を登記名義人とする所有権保存登記のなされた本件建物に訴外高橋定雄を登記名義人とする所有権保存登記のなされていること訴外高橋定雄を所有権保存の登記名義人とする登記用紙中表示欄記載の不動産の表示が別紙第二目録記載のとおりであり、原告を登記名義人とする登記用紙中表示欄記載の不動産の表示は別紙、第一目録記載のとおりであること、原告申請の登記申請書に記載されている不動産の表示は別紙第一目録記載のとおりであり、申請書添付の登記済証記載の所有権保存登記申請の受付年月日および受付番号が原告を所有権保存の登記名義人とする登記用紙表示の所有権保存登記申請の受付年月日と受付番号とに符合していることは認める。その余は争う。

3  被告の決定には違法な点は何等存しない。本件家屋には原告と訴外高橋定雄をそれぞれ別個に所有権者とする保存登記がなされているのであつて、かかる家屋について所有権移転登記申請がなされた場合実質的検査権を有しない登記官吏としては原告および訴外高橋のうち、いずれを真実の登記義務者とも判断することはできないのであろから結局両者を登記義務者として取扱わざるを得ないところ、原告は登記義務者を原告として所有権移転登記の申請をしている。とすると右登記申請は登記薄上の登記義務者の表示に関しては原告の点では符合するが、訴外高橋の点では符合しないこととなり、結局不動産登記法第四九条六号に該当することとなるのである。なお、原告は原告を所有名義人とする登記用紙について所有権移転登記を申請していることは明らかであると主張するが、登記申請は不動産を特定してなすものであつて登記用紙を特定するものでないから、本件の場合(二重登記)には、二つの登記用紙の登記を基礎として形式的に審査することとなるのであつて、結局原告の登記申請は不動産法第四九条六号に該当する。

4  従つて、原告の本件登記申請は不動産登記法第四九条六号に該当するのでこれを却下した登記官吏の処分は適法であり、原告の右処分に対する異議申立を却下した被告の処分も適法であつて原告の本訴請求は理由がない。

第三、立証〈省略〉

理由

一、原告が昭和三五年九月二日札幌法務局小樽支局に対し別紙第一目録記載の不動産について原告を登記義務者、訴外太洋市場株式会社沖野商店を登記権利者として右権利者とともに所有権移転登記の申請をなしたところ、同支局登記官吏は同月二〇日「登記簿上所有権名義人の表示が小樽市稲穂町東七丁目二番地高橋定雄とあり登記義務者の表示が登記簿と合致しない」との理由で原告の前記申請を不動産登記法第四九条六号の規定により却下したこと、原告は同三六年一月二七日被告に対して前記登記申請却下処分に対し異議の申立をしたところ、被告は同年三月二四日、「同一不動産につき形式上同一と認められる二個の保存登記があつて登記所有者を異にする場合当該建物の登記における所有権の登記名義人がいずれであるかは確定できない。従つて、いずれか一方の登記簿上の登記名義人を登記義務者とする登記の申請があつても当事者のいずれか一方の申請によりいずれかの登記が抹消されない限りいずれの登記名義人が真の所有者であるか確定されないので、申請書記載の登記義務者が当該建物の登記名義人だとは断定できないので、登記義務者の不符合と云うことになる」との理由を付して不動産登記法第四九条六号により却下したこと、本件建物に原告を登記名義人とする保存登記および訴外高橋定雄を登記名義人とする保存登記がなされており、訴外高橋定雄を所有権保存の登記名義人とする登記用紙中表示欄記載の不動産の表示は別紙第二目録記載のとおりであつて、原告を登記名義人とする登記用紙中表示欄記載の不動産の表示は別紙第一目録記載のとおりであること、原告申請の登記申請書に記載されている不動産の表示は別紙第一目録記載のとおりであつて、申請書添付の登記済証記載の所有権保存登記申請の受付年月日および受付番号が原告を所有権保存の登記名義人とする登記用紙表示の所有権保存登記申請の受付年月日と受付番号とに符合していることは当事者間に争いがない。

二、 そこで、原告の本件登記申請が不動産登記法第四九条六号に該当するか否かを判断する不動産一登記用紙主義の原則から二重登記が好ましくない現象であることは明らかであるが、二重登記が現実に出現した場合は、右二個の登記は登記簿上はいずれも有効なものであつてその優劣は実体法上の関係によつてのみ定まるものであると解すべきである。従つて、実質的審査権限のない登記官吏は、右二個の登記の一方についての権利移転等の登記申請がなされた場合においては、その申請書自体に形式的かしの存しない限りこれを受理し、且つ、移転等の登記をなすべきものである。しかして、登記官吏において形式的審査をなす資料は登記申請書およびその添付書類と、右各書類により特定された登記用紙であつて、二重登記のなさている両方の登記用紙ではない。なんとなれば、二重登記はそれが出現した以上登記簿上は別個独立の登記として取扱われるべきものだからである。

そこで、原告の本件登記申請について考えると、原告の登記申請が原告を登記名義人とする登記用紙についてなしたもので訴外高橋を登記名義人とする登記用紙についてでないことは前示一の当事者間に争いない事実から明らかである。とすれば、原告が登記義務者として原告を表示した本件申請は、訴外高橋を登記名義人とする登記用紙には関係がなく、登記義務者の表示と登記名義人が一致する申請であることは明らかであるから何等不動産登記法第四九条六号に違背しないと云わなければならない。

三、以上によれば、原告の登記申請を不動産登記法第四九条六号に該当するとして却下した札幌法務局小樽支局の決定は違法であり、従つて、原告の右処分に対する異議申立を同理由により却下した被告の処分は違法であると云わなければならない。よつて、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小河八十次 武藤春光 荒木恒平)

第一目録

小樽市花園町東一丁目一一番地の二

家屋番号 一一三番

一、木造亜鉛鍍金鋼板葺モルタル塗平屋建店舗

床面積 一七坪七合五勺

附属

木造亜鉛鍍金鋼板葺平屋建便所

床面積 二坪五合五勺

第二目録

小樽市花園町東一丁目一一番地

家屋番号 一一三番

一、木造モルタル塗亜鉛鍍金鋼板葺平屋建店舗

床面積 一三坪五合

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